それで充分なんだわ。わたしはあなたの話を全部信じるし,いつだってあなたの手紙を読むことが出来るのだから。そして、それがお互いに認めあった権利として要請されている以上、わたしたちは、手紙を書いた分だけ、明瞭な確実な存在となり、同じ分だけ曖昧になって行くんです。わたしたちは、ねえ、おわかりになるでしょう? お互いにとって、最も現実的であるところの白昼夢なのだってことが。だから、どんな秘密を持つことも意味のないことなんです。たとえ、自分自身にさえ隠しておきたい秘密でも、それはきっと夢の中に巧妙にしのび込んで来てしまうのだから、そして、わたしが、まったくのところ、夢の中で(生身のあなたには興味がないし、会って話すことなんてないもの)こうしている以上、わたしたちは自由で、自由すぎて、秘密さえ持てないでしょう。脳髄を毒の牙で噛む黄金の蛇のように、どんな秘密も、このわたしたちの夢の中に、耳の穴から侵入して来るわ。わたしたちの甘美で不気味ないやらしい夢が終わる時、この観念の王国が終わる時(どんな王国にもどんな神々の国にも、黄昏はやって来ます)、何がおこるのかを考えると、わたしはぞっとします。もっと良い方法、お互いが傷つかずにすむ方法で終わらせることが出来たら! どうぞ、わたしを愛しているなんて、二度と言わないでください。世の中には、もっと可愛らしい、愛されるために存在している女の子たちが、あなたの学校にだって大勢いるというのに!
(金井美恵子『岸辺のない海』1974)
wandering around her broken memory
(Epilogue : Enoshima Mon Amour)